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東京高等裁判所 平成6年(ネ)3770号 判決 1995年10月24日

控訴人(原告) 有限会社真輪ホーム

右代表者代表取締役 櫻井久志

右訴訟代理人弁護士 荒川良三

被控訴人(被告) 三和商事株式会社

右代表者代表取締役 村田久子

被控訴人(被告) 村田久子

被控訴人(被告) 村田春美

右三名訴訟代理人弁護士 相澤建志

同 鈴木久彰

主文

一  原判決中被控訴人三和商事株式会社に関する部分を取り消し、被控訴人村田久子及び被控訴人村田春美に関する部分を第三項及び第四項のとおりに変更する。

二  被控訴人三和商事株式会社は、控訴人に対し、金二億五三〇〇万円及びこれに対する平成四年七月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人村田久子及び被控訴人村田春美は、控訴人に対し、各自金一億五三〇〇万円及びこれに対する平成四年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人の被控訴人村田久子及び被控訴人村田春美に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人三和商事株式会社との間に生じた分は同被控訴人の、控訴人と被控訴人村田久子及び被控訴人村田春美との間に生じた分はこれを五分し、その二を控訴人の、その余を同被控訴人らの各負担とする。

六  この判決の控訴人勝訴部分は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、各自金二億五三〇〇万円及びこれに対する平成四年七月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、控訴人が、被控訴人三和商事株式会社(以下「被控訴人会社」という。)との間で締結した原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の売買契約が被控訴人会社の債務不履行により解除となったとして、被控訴人会社に対し、手付金の倍額及び中間金並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年七月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を、被控訴人村田久子(以下「被控訴人久子」という。)及び被控訴人村田春美(以下「被控訴人春美」という。)に対し、商法二六六条の三第一項に基づき、被控訴人会社の取締役として第三者である控訴人に対して損害賠償責任があるとして、右金員と同額の損害賠償金を連帯して支払うように求めたところ、被控訴人らが控訴人と被控訴人会社との間の売買契約の締結を否認するなどしてこれを争っている事案である。

一  争いのない事実

1  被控訴人会社は、平成二年八月二九日、向後義幸が実権を有する有限会社エステートナルト(以下「ナルト」という。)との間で、被控訴人会社が所有する本件土地をナルトに売り渡す旨の次のような売買契約(以下、「A契約」という。)を締結した。勝股幸男は、その経営する日成住販株式会社の名義で仲介人としてその契約書(甲一六)に記名押印した。

(一) 代金 二億五六〇〇万五〇〇〇円

(二) 手付金 五〇〇〇万円

中間金 三〇〇〇万円

(三) 売主は、取引期日の平成三年八月三〇日までに買主又は買主の指定する者に本件土地の明渡手続を完了して完全なる所有権の移転登記手続を完了する。ただし、買主の都合により第三者名義にしても売主は異議がなく、また、本件土地の所有権行使を阻害する抵当権、質権、先取特権又は賃借権その他一切の権利については、売主は所有権移転登記申請のときまでに完全に抹消して引き渡す。

(四) 本件土地の地積は実測によるものとし、売主は、買主に対し、境界を明示し、その確定した境界に基づいて作成された地形図を交付する。

(五) 買主は、売主が右(三)、(四)の手続を完了すると同時に、残金一億七六〇〇万五〇〇〇円を支払う。この支払により所有権は移転する。

(六) 当事者の一方がこの契約に違反したときは、当事者は、違反した相手方に対し本契約を解除することができ、この場合、売主の債務不履行によるときは、売主は買主に領収済みの手付金の倍額を支払う。

(七) 売主は、買主に対し、境界同意書、排水同意書、開発同意書、実測図面を中間金支払時までに引き渡す。

(八) 売主は、本件土地の土を入れ替え、埋立造成を完了して本件土地を買主に引き渡す。

(九) 中間金の支払時期は、本契約について国土利用計画法による所定の手続完了後一〇日内とする。

なお、当時、本件土地に関する売買、宅地造成開発上の規制としては、売買につき国土利用計画法二三条に基づく届出、宅地造成開発につき千葉県条例に基づく千葉県知事(以下単に「知事」という。)の設計確認及び千葉県山武町(以下単に「町」という。)の指導要綱に基づく同町長(以下単に「町長」という。)との事前協議の各手続が必要とされていた。

2  被控訴人会社は、A契約の締結の際、手付金五〇〇〇万円を受領し、その半月後、右1の(七)の約定に基づき実測図面を手渡した。

また、被控訴人会社は、株式会社千葉銀行に対し、本件土地につき平成二年七月一九日付けで極度額一億八七五〇万円の根抵当権を設定し、同年九月五日受付でその旨の登記を経由した(右登記はそのまま存続し、平成四年九月には右銀行の申立により、本件土地につき競売手続が開始された。)。

被控訴人会社は、同年一一月二〇日、A契約に基づく中間金三〇〇〇万円を受領した。

3  被控訴人会社は、同年一二月末ころ、有限会社エステートタヒミク(以下「タヒミク」という。)との間で、取引期日を特に設定しなかったほかはA契約と同一内容(契約書では、取引期日は空欄となっている)の売買契約(以下、「B契約」という。)を締結し、関係者の合意により、A契約は破棄された。

B契約の締結は、買主名義の変更を目的としてされたのであったことなどから、その契約書(甲一)の作成日付は、A契約の締結日と同日に遡らせた。勝股幸男は、その経営する日成住販株式会社の名義で仲介人として右契約書に記名押印した。

4  タヒミクは、平成三年二月一八日日成住販株式会社の事務所で、被控訴人に対し中間金二〇〇〇万円を支払い、これにより被控訴人会社が受領した金額が一億円に達することになることからこれを保全するため、被控訴人会社から本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類を受領し、翌日受付で本件土地につきタヒミクに所有権移転登記を経由した。

なお、平成四年二月二四日受付で本件土地につきタヒミクから控訴人への所有権移転登記が経由されている。

5  被控訴人久子は、被控訴人会社の代表取締役、その夫である被控訴人春美は取締役であるが、被控訴人会社の実質的な経営者(代表者)は被控訴人春美である。被控訴人会社は、平成四年七月、銀行取引停止処分を受けて事実上倒産した。

二  争点

1  控訴人と被控訴人会社との間で、その後、B契約の買主を変更する趣旨で売買契約が締結されたか。

2  右1の売買契約に基づき、控訴人から被控訴人に対し、手付金及び中間金(内金を含む。)が支払われ、又は、支払われたこととされたか。

3  右1の売買契約につき、被控訴人会社に債務不履行があったか。これに基づき右契約は解除となったか。

4  被控訴人春美は、被控訴人会社の取締役であり、被控訴人会社の実質的な経営者(代表者)であるが、①ナルトとの間でA契約を締結しながら、無断で右一の2の根抵当権を設定してその登記を経由したこと、②その後、これを抹消登記手続をする努力をしないまま放置したため、平成四年九月株式会社千葉銀行の申立てにより本件土地が競売に付されて、差押登記がされ、右1の売買契約に基づく被控訴人会社の債務の履行を不能にさせたこと、③また、右契約により境界同意書、排水同意書、開発同意書の取得を約束しながらそれに必要な業務を一切せず、本件土地の宅地造成開発につき千葉県条例に基づく知事の設計確認及び町の指導要綱に基づく町長との事前協議の各申請を不能にさせたこと、被控訴人会社を倒産に至らしめたことなどによって、ナルトからタヒミクを経て買主となった控訴人に対し、取締役として第三者である控訴人に対し責任を負うか。

5  被控訴人久子は、被控訴人会社の経営を被控訴人春美に任せ切りにし、自らその職務を全うしなかったことによって、被控訴人に対し、取締役として第三者である控訴人に対し責任を負うか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  控訴人は、平成三年一一月ころ、被控訴人会社との間で、本件土地につき、買主の変更をしたほかはB契約とほぼ同一内容の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結したと主張してその契約書(甲六)を提出し、被控訴人らは、控訴人と本件売買契約を締結したことはなく、右契約書の被控訴人会社作成部分は偽造であると主張するので検討する。

証拠(甲一三、一七)によれば、右契約書(甲六)の被控訴人会社の社名印(本店所在地及び代表取締役記名入りのゴム印。以下同じ。)及び被控訴人会社代表取締役印の各印影は、昭和五九年三月二四日付け印鑑証明書(甲一三)の被控訴人会社の社名印及び被控訴人会社代表取締役印の各印影とそれぞれ一致していることが認められ、これによれば、甲六の被控訴人会社の記名押印部分は真正なものと推認され、したがって、民訴法三二六条により、被控訴人会社作成部分の全部が真正に成立したものと推定される。そして、甲六のその余の部分は、証拠(原審証人勝股幸男及び同加賀谷幸男の各証言、甲二五、二七)により真正に成立したものと認められるので、甲六は、文書全体が真正に成立したものと認められる。

甲六の被控訴人会社の記名押印部分の印影に関し、乙一五には、被控訴人会社の社名印につき、甲六の印影は被控訴人会社が昭和六〇年七月ころまでこれを使用していた印章によるものであるが(乙一三の1ないし3)、被控訴人会社の本店が同年七月二〇日変更された(乙一二)際、旧本店所在地入りの社名印を廃棄したものであり、それ以降はこれを使用していない旨、被控訴人会社代表取締役印につき、甲六の印影は外縁が欠けてないところ、被控訴人会社は以前は外縁の欠けてない印章を使用していたが、平成二年ころからは乙八の1、2の印鑑証明書の印影のように外縁が欠けた印章を使用している(甲一ないし四、乙一、三、七の1ないし3)旨の供述記載があり、原審における被控訴人春美の供述中にも、それに沿う部分がある。しかし、甲六の印影に係る被控訴人会社の社名印を昭和六〇年七月二〇日ころ廃棄し、また、外縁の欠けてない被控訴人会社代表取締役印を平成二年ころからは全く使用していない旨の右供述記載等を裏付けるに足りる証拠はなく、また、被控訴人会社が過去に使用したが、現在使用しておらず、しかも、甲六作成前に、既に甲一ないし四等において、右の外縁の欠けた被控訴人会社代表取締役印及び新本店所在地入りの被控訴人会社の社名印(ゴム印)が使用されているのに、過去に使用されていた被控訴人会社代表取締役印及び本店の住所が旧住所のままの被控訴人会社の社名印と同捺の印章を偽造するようなことは考え難いことからすると、右供述記載等は容易に採用することができない。

2  第二の一の各事実、右甲六及び他の証拠(原審証人勝股幸男、同加賀谷幸男の当審証人椎名隆の各証言)及び弁論の全趣旨を総合すると、第二の一の3のとおりB契約が締結され、本件土地の売買契約がA契約からB契約に変更されたのは向後義幸の意向(タヒミクも同人が実権を有する会社である。)に基づいてされたものであったところ、B契約が締結されたにもかかわらず、平成三年一一月ころになっても、被控訴人会社が境界同意書、排水同意書、開発同意書を提出せず、他方で、向後義幸の資金繰りが悪化したことなどから、勝股、向後らが相談した結果、B契約の買主の地位を勝股が経営する控訴人に変更しようと考え、そのころ、右両名は、日成住販株式会社の事務所に、被控訴人春美、控訴人代表取締役らを呼出し、控訴人と被控訴人会社との間で、実質はB契約の買主をタヒミクから控訴人に変更する旨の本件売買契約を締結し、それに伴い、関係者間の合意でB契約は廃棄されたものであり、本件売買契約の内容は、①手付金を一億円として被控訴人会社がこれまで受領していた合計一億円をこれに充当すること、②中間金として控訴人は、被控訴人会社に対し、平成四年一月末日に三〇〇〇万円、同年二月一四日に二〇〇〇万円を支払うこと、③被控訴人会社が同年六月末日までに本件土地の宅地造成開発につき千葉県条例に基づく知事の設計確認及び町の指導要綱に基づく町長との事前協議を経る義務を負い、この義務が履行できない場合は本件売買契約は当然解約となり、控訴人に対し手付金の倍額及び中間金(内金を含む。)を一〇日以内に返還することといった約旨を付加したほかは、B契約と同一のものとし、また、その契約書の作成日を平成三年二月一九日に遡らせたことが認められる。

二  争点2について

右一の2のとおり、本件売買契約が結ばれ、その中で、手付金を一億円として被控訴人会社がこれまで受領していた合計一億円をこれに充当すること、中間金として控訴人は被控訴人会社に対し、平成四年一月末日に三〇〇〇万円、同年二月一四日に二〇〇〇万円を支払うこととの合意がされたところ、証拠(次に述べるとおり、その全体が真正に成立したものといえる甲七ないし一〇、原審証人勝股幸男及び同加賀谷幸男の各証言)によれば、控訴人は被控訴人に対し、平成四年一月三〇日に三〇〇〇万円、同年二月一四日に二〇〇〇万円を支払ったほか、被控訴人会社から借金の利息を支払うためにと要請されて、平成三年一二月二七日及び平成四年四月二八日に各一五〇万円を右代金の一部として支払ったことが認められる。

ところで、甲七ないし一〇の成立につき、被控訴人らはこれを争っているが、右各書証の被控訴人会社の記名押印部分の成立は争いがないから、民訴法三二六条により文書全体が真正に成立したものと推定されるところ、この推定を覆す事情として、被控訴人春美は、原審において、甲七ないし一〇は、乙五の合意に基づいてタヒミクないし勝股幸男から平成四年一月から同年四月まで四回にわたり毎月一五〇万円の支払を受けた際に、タヒミクないし勝股に対し交付した被控訴人会社の記名押印のある領収書であるが、タヒミクないし勝股の要請により、その宛名、日付、金額、ただし書の各欄は白地で交付したものであり、乙九の1ないし4は甲七ないし一〇に対応する控えであって、甲七ないし一〇の内容は右の控えに記載された内容とは異なっており、被控訴人会社の意に反するものである旨供述するが、乙九の1ないし4が甲七ないし一〇の控えであることを裏付けるに足りる証拠はないから、右供述は容易に採用し難く、他に右推定を覆すに足りる証拠は見当たらない。

三  争点3について

右一の2によれば、控訴人と被控訴人会社とが本件売買契約の中で、被控訴人会社が平成四年六月末日までに(ただし、乙五、原審証人勝股幸男及び同加賀谷幸男の各証言によると、この期限は「同年七月末日まで」に変更されたものと認められる。)本件土地の宅地造成開発につき千葉県条例に基づく知事の設計確認及び町の指導要綱に基づく町長との事前協議を経る義務を負い、この義務を履行できない場合は本件売買契約は当然解約となり、控訴人に対し手付金の倍額及び中間金(内金を含む。)を一〇日以内に返還する旨の約定をしたものであるところ、被控訴人会社が同年七月末日までに知事の設計確認及び町長との事前協議を経たことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件売買契約は、被控訴人会社の債務不履行により、同年七月三一日の経過をもって解除条件が成就し、有効に解約となったものであるということができる。

以上一ないし三によれば、控訴人の被控訴人会社に対する本訴請求は全て理由がしる。

四  争点4について

第二の一の1、2、5のとおり、被控訴人春美は、被控訴人会社の取締役であって、その実質的な経営者(代表者)であり、被控訴人会社の業務の執行としてナルトとの間でA契約を締結後、株式会社千葉銀行に対し、本件土地につき平成二年七月一九日付けで極度額一億八七五〇万円の根抵当権を設定し、同年九月五日受付でその旨の登記を経由したものであるところ、控訴人は、被控訴人春美が被控訴人会社の経営者(代表者)として右根抵当権を設定したこと、及び、その後これを抹消しないまま存続させたことが不法行為に当たると主張する。しかし、右根抵当権の極度額とA契約の売買代金から手付金及び中間金を除いた残代金額(一億七六〇〇万五〇〇〇円)とはほぼ見合う金額であるから(第二の一の2)、このことからすれば、被控訴人会社は、右残金を受領する際に、約定のとおり右登記を抹消するつもりでこれを設定し、登記手続をしたものであると推認されないではないこと、そして、右残金支払時期が到来する前の同年一二月末ころ、被控訴人会社はタヒミクとの間でB契約を締結したが(第二の一の3)、右登記はそのまま存続することとなり、平成三年二月一八日両者は、右登記の抹消登記手続は被控訴人会社の荒造成工事完了後、タヒミクが行い、それまでの被担保債権の金利は両者が折半して支払う(ただし、タヒミク支払分はB契約の代金の内金とする。)旨の合意をしたこと(甲二二、乙三、被相続人春美本人の原審供述)、被控訴人会社が控訴人との間で本件売買契約を締結した後も右登記はそのまま存続したこと(第二の2)、右一のとおり、本件売買契約後、右登記が存続しているまま、控訴人が被控訴人会社に対し更に中間金合計五〇〇〇万円を支払っており、これにより残代金額と右極度額とが見合わなくなっているが、これは控訴人がこれを容認しながら右中間金を支払ったものであることが推認できないではないことなどといった事情が存在する。これらによれば、控訴人は、被控訴人春美が被控訴人会社の経営者(代表者)として右根抵当権を設定したこと、及び、その後これを抹消しないまま存続させたことを容認していたものとみることができないわけではないから、右のことを捉えて被控訴人春美に責任を問うことはできない。

しかしながら、右一の2、三に、第二の一の5の事実、証拠(甲一五の1ないし5、二一、二二、乙四、原審証人加賀谷幸男の証言、被控訴人春美の原審供述)を合わせ考えれば、被控訴人会社は、A契約締結後の平成二年九月二五日付けで本件土地の宅地造成開発についての町長との事前協議の前段階の手続である町との内協議の申し出をし、町からのそれに対する回答も得ていたが、B契約締結後の平成三年四月一七日付けで近接の土地所有者との間で排水に関する話合いがつかないことを理由として右内協議の申し出を取下げ、それ以降、知事の設計確認及び町長との事前協議の各手続を全く進めず、また、本件土地について造成に関しても、荒造成工事に着手しこれをある程度進捗させただけであること、その後の同年一一月ころ控訴人との間で本件売買契約を締結し、被控訴人会社は本件土地の土を入れ替え、埋立造成を完了して本件土地を買主に引き渡すこと、被控訴人会社が平成四年六月末日(その後同年七月末日に変更)までに本件土地の宅地造成開発につき千葉県条例に基づく知事の設計確認及び町の指導要綱に基づく町長との事前協議を経る義務を負い、この義務を履行できない場合は本件売買契約は当然解約となり、控訴人に対し手付金の倍額及び中間金(内金を含む。)を一〇年以内に返還する旨の約定をしたにもかかわらず、被控訴人会社は、それ以降、埋立造成を行わず、また、知事の設計確認及び町長との事前協議を経ようと試みもせず、期限までに右の設計確認及び事前協議を経なかったこと、そして、以上の被控訴人会社の行為は、すべて被控訴人春美が被控訴人会社の経営者ないし事実上の代表者として(法的にはその代理人として)行ったものであることからすると、被控訴人春美が被控訴人会社の事実上の代表者として行った右一連の行為は、控訴人に対する故意又は過失に基づく違法な行為であるとともに、被控訴人会社の取締役で事実上の代表取締役としての任務を悪意又は重大な過失により怠った行為であるということができるから、被控訴人春美は民法七〇九条及び商法二六六条の三第一項に基づきこれによって控訴人が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

そして、第二の一の5によると、被控訴人会社は、平成四年七月、事実上倒産しているから、控訴人は、被控訴人春美の右行為によって手付金及び中間金(内金を含む。)相当の損害を被ったものと解される。この点につき、控訴人は、手付金につき倍額の損害を主張しているが、控訴人が手付金に関し、手付金額を超える損害を被ったことを具体的に根拠づけるだけの主張、立証はなく、また、被控訴人会社の倒産が被控訴人春美の悪意又は重大な過失による任務懈怠に基づくものであることを認めるに足りる証拠もないから、右主張は採り難い。なお、民法七〇九条ないし商法二六六条の三第一項の債務の遅延損害金の利率は民法所定の年五分にとどまるものと解される。

そうすると、控訴人の被控訴人春美に対する本訴請求は手付金額及び中間金(内金を含む。)並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年七月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は失当である。

五  争点5について

弁論の全趣旨によれば、被控訴人久子は、被控訴人会社の代表取締役でありながら、被控訴人会社の経営を被控訴人春美に任せ切りにし、自らその職務を全うせず、被控訴人春美の右四の違法な行為を看過したものであるから、悪意又は重大な過失によりその任務を怠ったものというべく、この任務懈怠によって控訴人が被った損害につき商法二六六条の三第一項に基づきこれを賠償すべきである。

そして、その賠償に任ずべき額は、被控訴人春美につき判断した額と同一である。

そうすると、控訴人の被控訴人久子に対する本訴請求は、被控訴人春美につき理由のある限度で理由があるが、その余は失当である。

第四結論

以上によれば、原判決中、控訴人の被控訴人会社に対する請求に関する部分は全部不当であるからこれを取り消し、控訴人の被控訴人春美及び被控訴人久子に対する請求に関する部分は一部不当であるからこれを変更することとし、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 丸山昌一 伊藤茂夫)

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